電気保安よもやま話

作成日:2025/7/19
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筆者は学校を卒業して以来、受変電設備の保守・保全作業に従事しています。この中であったよもやま話を随時書き綴ります。


感電危機一髪

「電気は目に見えない」とよく言いますが、全くその通りで、電気に関連する仕事をしている人でもよく感電死傷することがあります。ある6kVキュービクルの年次点検での話です。若手がリレー試験をするために機器の準備をしていました。試験の内容はOCRの動作試験で、IP-R試験器のトリップコードを遮断器主回路に接続してOCR時限測定をします。その若手は、なんとキュービクル停電前にトリップコードをVCB主回路に取り付けようとしました。そのとき、若手の腕毛が主回路に向かってそばだち、若手はまだ充電中であると気付いて咄嗟に手を引っ込めました。 もし若手が手袋をしていたら、もし腕毛が短かったら…

今は「リストアラーム」という腕につけるタイプの検電器があります。もし、同じようなシチュエーションがあっても、リストアラームを身に着けていれば腕毛がそばだつ前に気付けるでしょう。当然、作業着手前の高圧検電器による検電も行うべきです。


産業保安監督部とバトル

電気事業法では、所定の電気工作物の設置や変更等を行う場合は、その内容を国に届出することが求められています。電気工作物を野放図に設置したり改造されると、公衆の感電死傷事故や他の電気工作物へ波及事故を起こす危険性が高いため、国が一定の規制を行うという趣旨です。これらの届出等は経済産業省経済産業局産業保安監督部という部署が担当しています。
これはある再生エネルギー系発電所を新設し、届出を行った際の話です。届出のフォーマットは産業保安監督部のHPからダウンロードでき、その内容に従って届出書類を作成して届出を行いました。しかし、結果は「不受理」で、その理由として「施設された発電機がどの規格に適合しているか分からない」というものでした。今度は発電機の仕様書と工場出荷試験成績書を添付して再提出しましたが、また不受理でした。理由は「JEC規格に適合しているとあるが、JEC規格の内容が監督部で分からない」というものでした。見解の相違による行き違いを防ぐために各種規格が定められているのに、こんなことを言われてはたまりません。さすがに頭にきたので「JEC規格は誰でも購入することができます(だから監督部で買って確認しろ)」と技官に伝えた所、「それはできないのでJEC規格の写しを送ってほしい」と著作権法違反を教唆してくる始末。
せっかく完成した発電所も届出が受理されなければ運転できません。上記のやり取りで何ヶ月も経過し、施主からの催促も激しくなる一方で、結局JEC規格の写しを技官に送ってあげました。監督部はJEC規格票を買うお金もないくらい貧乏なんでしょうか…


6kV柱上開閉器のトラブル

柱上開閉器とは、文字通り電柱の上に取り付けて使う高圧用開閉器のことです。入り切り操作は引き紐で開閉器から数メートル以上離れて行うことができ、充電部に近づく必要もありません。本項では主に6kV自家用受変電設備の引込点に設置されるものについて述べます。自家用向けの柱上開閉器は機種によってはGR、DGRなどの保護要素を内蔵し、波及事故防止の役割もあります。しかしながら、屋外に雨ざらしで使うため、劣化もしやすい機器です。

今の柱上開閉器は、ほぼ全て気中絶縁となっており、筐体内部は乾燥空気が充填されています。しかし昭和中期頃までは専ら油絶縁構造で、筐体に絶縁油が封入されていました(POS:Pole Oil Switch)。このため、雷サージがPOSに入るとサージエネルギーで絶縁油が瞬時に気化・着火し、火炎放射器のように着火した油が地上に降り注ぐことがままありました。あるとき、この着火した絶縁油が通行人に降りかかり死亡する事故があり、POSの電柱上への施設は電気設備技術基準第36条により禁止されることになりました。しかし、キュービクルや電気室での使用は禁じられていないので、2010年代に入っても未だに使用されている箇所は稀にあります。

POSの次に登場した柱上開閉器として、AOG(Air Over Current Ground)という磁器でできたものがあります。こちらは細隙消弧室により大気中でアークを遮断できるため、可燃性の絶縁油を使いません。このため火災の心配はありませんが、磁器でできた筐体が破損して欠片が落ちてくるという欠点もあります。危険なのが年次点検にて地絡継電器連動でAOGが遮断することを確認する時で、AOG筐体にヒビが入っているのを知らずに連動遮断させると、遮断動作とともに大きな欠片が地上に落ちてくることがあるのです。このため、柱上開閉器を操作したり動作させたりする時は開閉器直下に立たないよう気を付ける必要があります。やがてAOGの筐体を鉄製にしたSOG(Storage Over-current Ground)が登場し、現在ではこれが普及しています。

1990年代になると、SF6ガスの高い消弧性能を利用した柱上ガス開閉器(PGS)が登場します。このタイプの開閉器は空気絶縁に頼ったものと比べ非常にコンパクトという長所がありますが、筐体の気密が破れてガスが抜けると消弧性能が大幅に低下し、開閉不能になるという弱点があります。地上に設置された大型のガス遮断器(GIS)ですらガス漏れで対処に追われることがありますから、引込柱の上で年中野ざらしにされるPGSもガス抜けトラブルが頻発することになります。結局電柱上に取り付けるものですからそこまでコンパクトにしなくともよいとメーカも気付いたのか、最近ではめっきり見なくなりました。今はコンパクトさが求められる、地中化区域の地上設置型引込用開閉器として使われています(UGS:Underground Gas Switch)。


「犬検電器」

明治40年のエピソードです。日本の電気保安体制の父とも言われる渋沢元治は、明治39年に逓信省に入省したばかりでしたが、海外留学の経験を買われたのか、当時最高電圧である5万Vで送電を行う東京電灯駒橋発電所の落成検査の担当技官に任命されました。設備は水車、発電機、変圧器すべて外国製で、それぞれ母国から技術者が派遣されて据付を行っていました。どのような検査を行えばよいのか、基準となるガイドライン等が全く無い状況で、渋沢は自身の知恵を絞って各種電気試験を行いました。この時に行われた試験の内容や詳細な手順は「桂川水力電氣工事の試驗に於て」という技術レポートとして発表され、現在までほぼ同じ内容で発電所の試験が行われています。

さて、この試験では海外製の木製絶縁物が日本の湿気により絶縁低下して、軒並み試験不合格となってしまったことから、渋沢自ら手直しに奔走する事態になっています。この経験を通じて渋沢は各種材料の絶縁性能について興味を持ったのでしょう、麻紐の絶縁を実際に電圧をかけて実験することにしました。しかしながら検電器や絶縁抵抗計もろくに無い時代のことです。渋沢は絶縁のインジケータとして「野犬」を連れてきて20尺(6m)の麻紐の一端に繋ぎ、他端に高電圧を印加してみることにしました。その結果が以下の通りです。
紐の条件 電圧 犬の状態
乾燥 33kV 平気
真水で濡らす 33kV 平気
塩水で濡らす 18kV キャンキャン鳴く

現代の感覚からすると中々残酷なことですが、渋沢はこれらの経験を通じて、電気の安全を確保するための法律や技術基準の立案を行っています。この法律や技術基準は、時代に合わせて改正を重ねながら今日まで存続しており、感電させられた哀れな犬も結果として人々の電気安全に役立っています。